大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9884号 判決

原告

安谷屋清

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二一〇〇万円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

事故を引き起こし、障害を負つた原告が、被告との保険契約に基づき、後遺障害保険金、搭乗者障害保険金及び介護費用保険金を請求した事案である。

一  当事者に争いがない事実

1  被告は、自動車保険など保険を業とするものである。

2  河田浩司は、被告との間で、平成二年五月一八日、左記のとおりの保険契約(本件契約)を締結した。

種類 自動車保険

証券番号 〇一八四六五八九七〇〇三

保険期間 同日から平成三年五月一八日まで

被保険自動車 軽四輪乗用自動車(神戸五〇す二一四六)

(本件車両)

3  右契約においては、本件車両を運転していて事故を起こした者に、その事故の結果障害等級一級の障害が生じた場合には、次の保険金が支払われることになつていた。

後遺障害保険金(自損事故条項六条) 一四〇〇万円

後遺障害保険金(搭乗者傷害条項六条) 五〇〇万円

介護費用保険金(自損事故条項七条) 二〇〇万円

4  原告は、前記保険期間内である平成三年二月一八日、兵庫県尼崎市道意町七丁目二二番地において、河田所有の本件車両を運転中、交通事故を起こし、障害等級一級に該当する知覚脱失、両下肢完全運動麻痺、排尿排便障害、仙骨部辱創等の障害を負つた。

5  本件契約には、酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で運転中に事故を引き起こした場合には、保険金を支払わない旨の免責条項がある。

二  争点

1  被告主張

本件事故直後治療した医師が、原告がうとうとしているのは、アルコールの影響によると判断していること、本件事故の態様からすると、本件事故は、原告が、酒に酔つて正常な運転ができないおそれのある状態で運転中に、その酔いによつて引き起こされたものであるから、まさに、右免責条項に該当し、被告は原告に対し保険金を支払う義務はない。

2  原告主張

否認する。本件事故前に原告の飲酒した量、本件事故に至るまでの原告の運転には異常がなかつたこと、原告の担当医が飲酒検査をしていないことからすると、本件事故時の原告の状況は酒酔いには至らず、酒気帯び程度であつて、本件事故は、不慣れな車両の運転によるもの、突発的な体調の変調、道路の事惰等による可能性があり、前記免責条項に該当しない。

第三争点に対する判断

一  本件事故に至る経緯及び本件事故の状況

1  甲二の1、2、三、六、乙二、三、七ないし九、証人河村及び証人河田の証言によると、以下の事実が認められる。

河村、河田及び原告は、数年来の知人で、いずれも大型貨物自動車の運転手で、本件事故当時、河田、原告はヒガシ運送の下請会社である中島運輸に勤務し、河村はヒガシ運送に持込みの仕事をする森本運輸(ないし運送)に勤務していた。本件事故当日、午後六、七時頃に仕事が終わつてから、原告と河田は、仕事で運転していた勤務先所有の大型貨物自動車を勤務先の倉庫に返した後、原告が河田の運転、所有する本件車両に同乗し、伊丹市ないし尼崎市の居酒屋に行つた。また、河村も、その所有する大型貨物自動車(河村車両)を運転し、右居酒屋に行つた。右三人は、そこで食事がてらビール等の酒類を飲んだ。河村は、通常仕事が終われば河村車両を尼崎市道意町の空き地に駐車して、大阪市内の自宅とその間を、河村保有の軽自動車で行き来していたため、右三人は、居酒屋を出て、右軽自動車を取りに行くため、右空き地に向かうこととした。その際、三人で合意して、原告が河村を同乗させ本件車両を運転し、河田が河村車両を運転することにした。

本件事故現場附近の道路は、幹線の、東西に伸びる直線路で、西行車線(本件車線)は全幅一四・一メートル四車線で、南側に植樹帯四・八五メートル、歩道三・四メートルがあり、その概況は別紙図面のとおりである。道路は歩車道ともアスフアルト舗装されており、本件事故当時路面は乾燥していた。路面は平坦で、視界を妨げる障害物はなく、最高速度は時速四〇キロメートルで規制されていた。本件事故現場は、右植樹帯の切れ目で、その中間地点はボーリング工事部分のためバリケードで囲まれていた。本件事故現場は、工場街にあり、交通量は頻繁で、本件事故直後の実況見分時における車両の交通量は、五分間あたり一五〇台であつた。本件事故時は夜間であつたが、附近は、照明のためやや明るかつた。

原告は、同日午後一〇時五分頃、本件車線第二車線上を、本件車両を運転して、河村を同乗させ、東から西に向つて直進進行していたところ、同図面〈1〉附近(以下、略して、符号のみを示す。)に至り、急に左に進路を変え、〈2〉に至り、まつたく障害がないのに、ハンドルの操作を誤り、左に車体が振れ過ぎたため、ブレーキをかけたものの及ばず、〈3〉で左右にふらつき、〈4〉で前記バリケードと衝突し、更に、〈5〉で前記植樹帯に乗り上げ滑走し、標柱に衝突し、横転しながら〈6〉で停止した。

本件事故により、本件車両は、少なくとも前部左右フエンダー及びルーフパネルが凹損し、リヤフロントガラスが破損した。

2  なお、甲六、乙七、八、証人河村及び証人河田の証言中には、飲酒量は三人でビール大瓶二本程度で、そのうち原告が飲んだのはコップ二、三杯に過ぎず、原告の本件事故現場に至るまでの運転は正常で、酒に酔つた様子はなく、ハンドル操作を誤つたのは、通常は大型貨物自動車を運転していたため、軽乗用自動車を運転して車線変更する際、軽くハンドルを切れば足りるのに、大型貨物自動車と同じ要領で大きくハンドルを切つたことによるものであろうとする部分があるものの、後記認定の本件事故直後の原告の症状と矛盾している他、右各書証は、本件事故の約五か月後にそれぞれ右三人によつて作成されたものであるのに、当日の右三人の就業場所、右三人が集まつた経緯、時間の経過等内容に矛盾があり、結局右各書証の右部分は採用できない。

二  本件事故直後の原告の状況

乙四、五、一〇の1、2、一二によると、原告は、本件事故直後、救急車で田中病院に運ばれたが、その際、原告の口からアルコール臭がしており、うとうとしていたこと、担当医は、原告の意識程度が低いのは、頭部外傷による可能性も否定できないが、外傷の程度が挫傷で、比較的軽症であつたため、アルコールによるものであると判断したこと、治療を優先するため、血中アルコール濃度の測定はしていないことが認められる。

三  当裁判所の判断

前記各事実、特に、何らの障害物がなく、乾燥しており、平坦な本件車線で、他車の影響がないのに、ハンドル操作を誤つたこと、就業終了時間から本件事故時まで、少なくとも四時間近く経過しており、食事及び飲酒時間は少なくとも二時間はあると推認できること、本件事故直後担当医が、原告の意識程度が低い理由をアルコールの影響によると判断したこと等を総合考慮すると、本件事故は、原告が酒によつて正常な運転をすることが出来なかつたことによると推認できる。したがつて、被告は免責である。

四  結語

よつて、原告の請求は、理由がない。

(裁判官 水野有子)

交通事故現場見取図

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例